テレビ電話が普及しない理由

iPhone4が発表されたとき、テレビ電話機能が搭載された、ということがちょっと話題になっていたように思う。日本のケータイにはずっとまえからテレビ電話がついてるけど、誰も使ってない。何をいまさら、という感じで。

テレビ電話というものは、けっこう昔から未来の技術として予想されてきてる。実際、SF映画とかアニメとか、そういうのにはよく出てくるように思う。で、現在では技術的にはとっくに実現できている。しかもモバイルで。
ところが、なかなかテレビ電話を使う人が増えていかない。いざ実現してみたらあまり使いたいと思う技術ではなかった、という感じかもしれない。そんなわけで、普及していく気配もぜんぜん見えない。

その理由は、人々がコミュニケーション技術に求めている方向性が、テレビ電話とはまったく逆だからだ。

コミュニケーション技術の進歩

人々がコミュニケーション技術に何を求めているか?を考えるために、技術の進歩を振り返ってみる。

昔々、まだ何のコミュニケーション技術も存在しなかった頃は、誰かに何か伝えたいと思ったら、直接会って話す以外に方法はなかった。直接会わなきゃいけないっていう壁が存在してたので、今まさに目の前にいる人としかコミュニケーションできなかった。
手紙が使えるようになると(これを技術って言うかは微妙だけど)、まず距離の壁が取り払われた。相手に直接会わなくてもコミュニケーションができるようになった。コミュニケーションの対象が目の前の人だけだったのが、離れた場所にいる人にまで広がった。その代わり、時間がかかるっていう新たな壁もできた。
電話が発明されると時間がかかるという壁も取り払われた。離れた場所の人とリアルタイムに話ができるようになった。でもまだ、電話がある場所にいないと使えないっていう「場所」の壁は残ってた。
ケータイが登場すると、場所の壁もなくなった。自分も相手もどこにいようと関係なく、リアルタイムのコミュニケーションが可能になった。コミュニケーションの対象が「電話の前にいる人」までに制限されていたものが、「どこにいる人でもOK」にまで広がった(マナーの問題は別として)。
ケータイでメールが使われるようになると、相手と時間を共有しないといけないという壁も取り払われた。相手の都合を気にすることなくいつでも送ることができ、読むほうも自分の都合に合わせて好きなときに受け取ることができる。コミュニケーション対象が「今時間が取れる人」に限られていたのが、「今は時間が無い人」にまで広がった。
インターネットが登場すると「相手」の壁もなくなった。これまでは基本的にコミュニケーションの相手は知ってる人に限られてた。それがインターネット上で掲示板やらチャットやらが使われるようになると、相手が見ず知らずの他人であることも珍しくなくなった。「知り合い」に限られていたコミュニケーション対象が、「知らない人」にまで拡大した。
そしていま、twitterが登場して「相手の数」の壁もなくなりつつある。これまでの技術ではコミュニケーションの相手はせいぜい同時に数人か十数人までだった。が、twitterならフォロワー全員と同時にコミュニケーションすることが可能になり、相手が数百人、数千人のレベルまで膨れ上がった。人によっては数万人を同時に相手にしてる場合もある。まあ、この辺はまだ普及したというには早いと思うけど。

ここまでは、技術の進歩で物理的なコミュニケーションの壁が取り除かれていった点について述べてきた。けど、取り去る壁には心理的なものもある。例えば、電話するのはちょっと抵抗がある、とかいうときにはメールで用件を済ませたりするようなことができる。また、不特定多数の知らない人とコミュニケーションするのに自分の電話番号とかメールアドレスを使うのは不安あるが、ネットを使えばそういう個人情報を隠したままでもコミュニケーションができるので不安も解消できる。


といった感じで、コミュニケーション技術というのは、壁を取り去って、対象をどんどん広げていく方向に向かって進歩してきている。いつでもどこでも誰とでもつながれる、ということを目的にしているように見える。
これは、人々がそれを求めていたから、そのための技術がどんどん進歩していった、ということ。コミュニケーション技術が壁を取り去る方向に進歩してきたのは、ある意味必然だったのだ。

テレビ電話の方向性は?

では、テレビ電話とはどういう方向に向かっていく技術なのか。
これは明らかに、情報量を増やしてリッチなコミュニケーションを実現する、という方向だ。これまでせいぜい音声だけだったのを映像つきにして、よりリアルにコミュニケーションできるようにしよう、という目的だ。

この方向性は、上で見てきたような「壁を取り去る」というのとは逆の方向だ。

壁を取り去るうえで、コミュニケーションの情報量はどんどん減らされてきた。電話のような音声中心だったコミュニケーションが、だんだんメールのような文字中心のものに移ってきている。twitterなんて基本文字だけの上に字数も140文字以内に制限されてのやり取りだ。
これはプライバシーなどの問題を避けるために、余計な情報を省いていったためと思う。これによって、心理的な壁も取り払われていった、という面がある。知らない人とでも気軽にやり取りできるようになったわけだ。

テレビ電話は、この流れとは真逆である。つまり、人々が求めてきたものと真逆の技術、ということ。これでは普及しなくて当たり前、である。

iPhone4ならどうか

今回iPhone4がテレビ電話機能を搭載してきたが、これまでの流れを覆すことができるのか?が注目されるポイントだろう。
が、この間のCM映像を見る限りではそれほど目新しいコンセプトを提示してきたわけでもなさそうだ。流れを覆すことはたぶんできないだろうと思う。
結局テレビ電話は、iPhone4の力を持ってしても普及することはないように思う。ごく親しい間柄の人同士でしか使えない技術なので、ごく一部の人にしか使われないという結果に終わるのではないか。
それでもどうにか普及させようとするならば、人々にまったく新しいコンセプトを提示して、テレビ電話による新しいコミュニケーションの方向とその価値を示さないといけない。

まとめ

人々がコミュニケーション技術に求めるものは、リッチなコミュニケーションを実現することではなく、壁を取り去って対象を拡大することだ。テレビ電話は人々の求める方向性と逆の技術なので、きっとこの先も普及しない。iPhone4の魅力をもってしても、テレビ電話機能を使うのは一部の人に限られるだろう。

おまけ

テレビ電話は普及しない、となると、次に来るのはどういう技術だろう。壁を取り去るという方向性で考えるなら、次は例えば「言葉の壁」なんかが取り払われると面白いかもしれない。twitterに自動翻訳機能がついたようなものとか。言葉の壁を越えていろんな国の人と自由にやり取りができるようになったらけっこう楽しいような気がする。