裸眼3Dの目指す未来

CEATEC東芝のグラスレス3Dレグザが公開された。
東芝、裸眼3DTV「グラスレス3Dレグザ」を12月発売 - AV Watch
裸眼で、メガネ無しで3D映像が楽しめるテレビ、ということでかなり人気になっていたらしい。
メガネなし、という点が注目されていたと思うが、これ実はもっと大きな意味のある技術だと思う。そのへんについていろいろ書いてみる。

インテグラル方式3D

グラスレス3Dレグザはインテグラル方式の3Dを採用している。東芝ではインテグラルイメージング方式と言っている。
簡単に説明すると、この方式の3Dディスプレイは、いくつかの画素をひとまとめにして、その上に小さなレンズを貼り付けたような構成をしている。画像の1画素はひとつのレンズに相当している。このレンズで、画素からの光をそれぞれ別の方向だけに向けて飛ばしている。ようするに、見る角度によって見える画素が違う、ということ。これを使えば、見る角度によって違う映像を見せることができるようになる。見る人の左右の目に、視差の付いた別の映像を見せることができ、3D映像を表示できる、という仕組み。

今までのメガネ式3Dは基本的に、右目用と左目用の映像が混ざっているものを、メガネを使って分離してやることで3D表示を実現している。インテグラル方式の場合は、最初から分離されているので、メガネがなくても3D表示が実現できる、というイメージ。

と言うと、メガネがいるかいらないかの違いしかないように感じるが、実はそうじゃない。
メガネ式は、左右の目に異なる映像を見せることで、人に立体感を認識させるようになっている。なので、必要な映像は2種類だけ。逆に言うと、メガネ式では原理的に2種類の映像ぶんの情報しか表示できない。
一方、インテグラル方式3Dには視点数という概念がある。これは、ひとつの画素(レンズでまとめられたいくつかの画素のこと)から何方向の光を発しているか?を表している。グラスレス3Dレグザの場合は9視点なので、ひとつの画素が9方向にそれぞれ別の映像を表示していることになる。よって、9種類の映像ぶんの情報を表示している。これがメガネ式とインテグラル式の決定的な違いで、これによって3D映像が進歩していく先も全然違うものになる。

インテグラル方式の行き着く先は

今のところ視点数が9しかないけども、もしこれが無限大に増えたらどうなるか、と考えてみる。すると、画面上の1画素から、あらゆる方向に向かって別々の光を発することができるようになる。これはつまり、ある画素を通ってあらゆる方向へ向いた光線をディスプレイ上に再現できる、ということ。*1
これができるとどうなるか、というと、ディスプレイの画面が実物の風景とほぼ同じになる*2。ちょうど画面が窓になって、向こう側の景色が見えているのと同じ状態が再現できる。実風景と同じということは、もちろん両目の視差も再現されているし、それだけでなく、目の網膜上での視差まで再現できるようになる。網膜上で視差があるということは、目の焦点を調節すると、それにあわせて見える像も変わる、ということ。
ここまでできると、実際の風景を見ているのか、ディスプレイに表示されてる画像を見ているのか区別できないくらいの立体感、奥行き感が得られる。目の焦点調節まで再現できるのだから、見る人が見たいところを、奥行きまで含めて自由に見ることができる。ディスプレイの位置より遠くに目の焦点をあわせれば、その距離にフォーカスのあった映像が見られる、という感じ。
メガネ式の3Dでは両目の視差しか再現できない。言い換えると、視点数が2つしかない。なので、目の焦点調節の再現までは原理的に実現できない。そのため、両眼視差はあるのに目の焦点は常にディスプレイ上にある、という状態になっている。これが3D映像に対して違和感を感じる原因になっていたりする。

ちなみに、この「ある画素を通ってあらゆる方向へ向いた光線をディスプレイ上に再現する」という考え方は Light Field という3次元空間情報を記述する技術のひとつの応用例だったりする。Light Field についてはマイクロソフトとかが研究してる。こちらのリンク先で簡単に解説されているので参考までに。


このように、インテグラル方式は視点数を無限に多くすることで、実風景と変わらないクオリティの3D映像を実現することができる。メガネ式は視点数2に固定されるため、これを実現することができない。そういう意味で、インテグラル方式はメガネ式とはまったく異なるものである。

インテグラル方式の現実

インテグラル方式の3Dが何を目指しているかを説明したが、これは理想的な状態での話。
実際には、視点数を無限に多くすることは不可能なので、ある程度の数で打ち切る必要がある。東芝の裸眼3Dの場合はこれが9つということだが、実際9視点では網膜上の視差を再現するためには少なすぎるため、上で述べたような目の焦点調節まで再現することはできない。これを再現しようと思ったら、視点数は数百とかのオーダーでいるんじゃないか、と思う*3。視点数を数百にしようと思ったら、ディスプレイの画素数を今の数百倍に増やさないといけないわけで、これはなかなか大変なことだろう。
また、視点数が数百あるということは、表示する画像も数百枚必要になる、ということ。これをそれなりのフレームレートで処理できるプロセッサが必要なわけで、そんな高性能なシステムを作るのもまた大変なことだろう。
この辺がクリアできないと、上で述べたようなクオリティの3Dは実現できない。インテグラル方式は理論的にはすばらしいけども、いつまで経っても実現できない理想の技術、になってしまう可能性もある。

まとめ

インテグラル方式を例にとって、裸眼3Dが目指す方向性について述べてみた。一見メガネがなくても3D映像が見れる、というだけの技術に見えてしまうが、それだけではないもっと先を目指した技術だと言える。理想が実現できれば究極の3Dディスプレイになりうる技術だけども、はたしてそれが実現できるようになるのか、という点でたいへん注目の技術である、という感じ。

*1:インテグラル方式は光線再生方式とも言われたりする。

*2:ほんとは解像度も無限大にしないといけないけど、それは置いといて。

*3:調べてないけど、どのくらいの視点数が必要か計算した論文とか探せばあるかも。