広色域ディスプレイのメリット、デメリット


以前に調べたように、近頃は色再現範囲を従来よりも拡大したテレビが多くなってきている。そもそも、こういう広色域ディスプレイのメリットは何なのか、ということをまとめてみる。

広色域ディスプレイとは

最近のテレビは各社とも色再現範囲を従来よりも広げたモデルが発売されている。テレビに限らずPCモニタでも色再現範囲を従来以上に広げたものがある。こういう、色再現範囲が拡大されたディスプレイが広色域ディスプレイと呼ばれる。
「従来より広い色再現範囲」の従来とは、たいていsRGBやBT.709*1といった色空間規格の色域のことを指している。BT.709はハイビジョンの国際規格でsRGBはPCやデジカメで使われる規格。従来のディスプレイはこの規格に合わせるのを目標に作られているのが普通だったからだ。
色再現範囲についてはこちらを参照。テレビの色再現について - あんだあどらいぶ

広色域ディスプレイのメリット「色再現性の向上」

広色域ディスプレイのメリットとしてよく言われるのが、「色再現性が向上する」というもの。では色再現性が向上すると何がいいのか? これは一般的には「色がきれいになる」、「色がより鮮やかになる」、「今まで表現できなかった色が表現できるようになる」のように言われていると思う。まあ、この認識で間違いではないのだが、ちょっと説明不足というか曖昧なように思う。もっと具体的に説明した方がいい。

色再現性のほんとの意味

「色再現性」と一言で言われることが多いが、実は考え方が2通りある。ひとつは「色の忠実さ」で、もうひとつは「色の好ましさ」*2。前者は本物の色とディスプレイに表示される色とをなるべく近づけよう、という考え方。後者は本物よりもきれいだと感じる色を表示しようという考え方。PCモニタや業務用マスターモニタなんかは色の忠実さを大事にしているが、テレビは色の好ましさの方を重視してるように思う*3
色再現性についてはこちらも参照。そもそもテレビの色再現性とはどういうものか? - あんだあどらいぶ
で、先ほどの「色再現性の向上」というのは、どっちの意味か? これによって広色域ディスプレイのメリットも意味が変わってくる。どっちなのかは、たぶんメーカーによって違うんじゃないかと思う。

「色の忠実さ」重視の場合

「色の忠実さ」を重視する場合、広色域ディスプレイのメリットは「今まで表現できなかった色が表現できるようになる」の意味が大きい。従来の色再現範囲の狭いディスプレイでは表示できる色の鮮やかさに限界がある。広色域ディスプレイではその限界を超えた鮮やかさの色も表示できる*4。エメラルドグリーンやゴールドやワインレッドみたいな色は従来のディスプレイでは正しい色で表示できないものがある(言葉じゃ具体的にどんな色か伝えられないけど)。
ただ、言うのは簡単だけど実際やるのはそんな単純な話じゃない。今までのテレビのパネルだけ広色域のものに取り替えても「(色の忠実さの意味で)色再現性が向上しました」とはならない。
現在のテレビ放送やDVDなどの映像は、従来の狭い色再現範囲のテレビで見られる前提で作られている(つまりBT.709の色域に最適化してある)。なので、そもそも「今まで表現できなかった鮮やかな色」が含まれていない。そういう映像をそのまま広色域のディスプレイに表示すると、本来よりも鮮やすぎ、濃すぎの色で表示される。これは忠実な色を表示できているとはいえない。広色域ディスプレイに従来の映像を入力するときには、色が破綻しないように、ディスプレイの色再現範囲を圧縮するような色変換をしないといけない。
色の忠実さを守りつつ今まで表示できなかった色を表示するには、広色域ディスプレイに最適化した映像を入力しないといけない。そういう映像には「今まで表現できなかった鮮やかな色」が含まれている。ところが、いままでそんな映像の規格はなかったので、広色域ディスプレイに最適化した映像を扱うための規格として、xvYCC(x.v.color)が作られた。ディスプレイ側でこれに対応してはじめて、色の忠実さを保ったまま、従来以上の鮮やかさの色も表示できるようになる。もちろんカメラ側も対応しないと意味がないけど。
xvYCC(x.v.color)とは何か?についてはこちらも参照。x.v.colorとは結局どういうものなのか? - あんだあどらいぶ
ただし、x.v.color対応ディスプレイ=広色域ディスプレイ、ではないので注意が必要。
xvYCC(x.v.color)に対応するとはどういうことかついてはこちらを参照。「x.v.color対応」とか「xvYCC対応」の意味 - あんだあどらいぶ
色の忠実さを重視するなら、映像とディスプレイ両方が広色域に対応してはじめてメリットになる。見る映像がテレビ放送だったりDVDだったりの従来の色域にあわせて作られたものの場合、そもそも「今まで表現できなかった鮮やかな色」が含まれていないので、広色域ディスプレイには何のメリットもない、ということ(あくまで「色の忠実さ」を重視するならの話)。

「色の好ましさ」重視の場合

「色の好ましさ」重視の場合の広色域ディスプレイのメリットは、「色がきれいになる」「色が鮮やかになる」の意味が大きい。なんとなく全体的に色鮮やかになってきれいに見える、好印象な色になる、というイメージ。
こちらはある意味簡単で、今までのテレビのパネルを広色域のものに取り替えただけでも「色再現性が向上しました」と言うことが可能。オリジナルに忠実な色ではないけど、それで鮮やかきれいに見えるんならOKでしょ、ということ。映像が広色域に最適化されてなくても(従来の色域にあわせたテレビ放送やDVD映像でも)結果きれいに見えるならOK、という考え方。
ただしこちらも、本気で「色の好ましさ」に取り組むと簡単な話でなくなってくる。パネルだけ広色域のものに取り替えた場合、その色はほんとに好ましいのか?誰が見ても鮮やかきれいなのか? という問題がある。鮮やかだけど変な色、不自然な色だとダメだから。赤の再現性がよくなってワインの深い赤が表現可能になりました、と言いつつ、赤全体がワイン色っぽくなってトマトもイチゴもみんなワイン色っぽい不自然な色になるようでは、好ましい色じゃない、ということ。他にも「この草の色がこんな鮮やかな黄緑なのはおかしくね?」というのも好ましいと言えない。
広色域ディスプレイで「色の好ましさ」を向上するには、色の自然さは保ちつつ、鮮やかさも生かすような画作りのノウハウがいる。そして、そういうのをやろうと思うと映像の信号処理も複雑になったり、難しいアルゴリズムを考えないといけなかったりする。が、そこを解決できれば、従来の色域の映像も色鮮やかで美しく表示できるし、広色域に最適化した映像もきれいに表示できるよ、ということ。
「色の好ましさ」を重視するなら、入力する映像が広色域対応でなくても鮮やかきれいな色を楽しむことができ、広色域ディスプレイのメリットがある、と言える。

広色域ディスプレイのデメリット

これまで説明したような、広色域に対応するための難しさがデメリットと言える。
「色の忠実さ」重視なら、広色域対応の映像を入力しないと何の意味もないという点がデメリット。せっかく広色域ディスプレイを買ったのに見る映像が広色域じゃなかったら意味なし。色変換機能も搭載しないといけないからコストアップ、消費電力もアップ(ほんの少しだろうけどね)してるのに、もったいない。
「色の好ましさ」重視なら、色の自然さは残しつつ鮮やかさも兼ね備えるための画作りノウハウや映像処理技術が必要なことがデメリット。そういう機能を実装するのはやっぱりコスト、消費電力アップになるし、そもそもそういう技術のあるメーカーでないとそんなディスプレイは作れない。せっかく広色域ディスプレイ買ったのに、この色なんか変だよ!不自然だよ!ってことになりかねない。結局、広色域で表示する機能をオフしたりなんかして、もったいない。広色域技術は使いこなすのが難しいのである。

現状どうなってるのか

テレビの場合、現在のところ広色域対応(つまりx.v.color対応ということ)の映像はほとんどない。x.v.color対応のビデオカメラで撮った映像くらいしかない。なので、色の忠実さ重視の場合、広色域のテレビを買っても現状では見る映像がほとんどなくて、宝の持ち腐れになりかねない。
なので、現状の色再現範囲の広いテレビはたいてい「色の好ましさ」重視ということになる。従来の色域の映像を入力したときに、自然かつ鮮やかな色が表示できるような画作りが行われていたり、そういう機能が実装されていたりする。PanasonicのプラズマVIERAの最新機種でカラーリマスターという技術が搭載されているらしいが、それなんかはまさに従来の色域の映像を広色域ディスプレイにあわせるためのものだと思う。
“新世代パネル”搭載のVIERA、5シリーズ一挙に登場 (1/2) - ITmedia NEWS
また、あまり調べられてないが、最近のテレビは「色の忠実さ」重視か「色の好ましさ」重視かはメニューで切り替えできるようになっているのかもしれない。ソニーBRAVIAはメニューに「カラースペース」という項目があって、そういう切り替えができたような気がする(ちゃんと調べられてないので、ほんとにそういう切り替え機能なのかどうかは分からないけど)。
PCモニタの場合は色の忠実さの方が求められる。あまり広色域対応の映像は多くないが、AdobeRGBのような広色域な規格の写真などを扱う場合には広色域のモニタでなければ正しい色で表示できない。そういう広色域な写真の加工・修正などの用途でモニタを使うなら、広色域モニタが必要になる。逆にそういう用途で使わないなら、広色域なものは必要ないといえる。

今後どうなるのか

今後広色域ディスプレイが普及していくためには、広色域対応の映像がまず普及しないといけない。x.v.colorはもともとデジタル放送やDVDなどの映像でも対応しやすいように考えられた規格なので、業界がその気になれば普及は進んでいくと思う。そういう意味では今のうちから広色域ディスプレイを買っておけば、将来的に役に立つかもしれない。


まとめ

「広色域ディスプレイで色再現性向上」には2つの意味があって、それぞれ条件を満たさないと広色域のメリットが生かせない。「色の忠実さ」を求めるなら、ディスプレイだけでなく、映像の方も広色域に対応しないといけないし、「色の好ましさ」を求めるなら、色の表示をじっくり吟味して製品を選ばないと「色が気に入らない!」ということもあり得る。
というわけで、単純に「広色域ディスプレイだから色再現性が向上したよ」と言っても、その意味を良く考えないと「思ってたのと違う」ということになりかねないし、メリットも感じられないかもしれない。

*1:正確には、ITU-R BT.709 という。色空間の規格ではなくて放送の規格だが、この中で色空間も定義されてる

*2:専門的には前者を「対応する色再現」、後者を「好ましい色再現」と言ったりする

*3:こういう考え方はスピーカーとかにもあるような。

*4:明るさじゃなくて鮮やかさ。色の純度と言ってもいいかも