そもそもテレビの色再現性とはどういうものか?

以前テレビの色再現について書いてみたので、もう少し書いてみる。
最近テレビやPCモニタの宣伝で「色再現性が向上」という謳い文句を良く見る。これがどういう意味なのかを考えてみる。

そもそも色再現性とは何か?

色彩科学ハンドブックによると「色再現とは、オリジナルの色をカラーマッチングにより再現することである」とある。ようするに、絵の具を混ぜるとか、色のついた光を混ぜるとかの方法で、自然に存在する色と同じ色を作ることといえる。

この色再現について、Huntという人が7つに分類している。分類は以下の通り。

  • 分光的色再現
    • オリジナルと分光反射率が等しい
  • 測色的色再現
    • 照明光の分光分布が等しいとき、三刺激値が一致する。輝度は考慮しない
  • 正確な色再現
    • 照明光が等しいとき、三刺激値が一致する。輝度も一致する
  • 等価な色再現
    • 照明光が異なるとき、三刺激値は一致しないが色の見えが一致する。輝度もおおむね一致する
  • 対応する色再現
    • 照明光が異なるとき、三刺激値は一致しないが色の見えが一致する。輝度は異なる
  • 好ましい色再現
    • 良く知られているオリジナル(肌色、青空、草色など)の色を好ましい色に再現する

三刺激値というのは簡単に言うと、色を測定するときの三原色分のセンサーの出力値、みたいなものである(違うかも知れないけど、だいたいそんな理解でいいかと思う…)。「三刺激値が良い値しないが色の見えが一致する」というのは、実際は違う色でも条件によっては同じ色に見えるという現象のこと。人間の目にはそういう性質があるのである。
テレビの色再現はこの分類で言うと「対応する色再現」と「好ましい色再現」を目標にしているといえる。

テレビの色再現とは何のことか

では、色再現性が良い、というのがどういうことか考えてみる。
まず、先ほどの「対応する色再現」と「好ましい色再現」は方向性が違う。「対応する色再現」はオリジナルの色と同じに見える色を再現するのに対し、「好ましい色再現」はオリジナルの色を再現するよりも、より好ましいと思う色の再現を目標とする。たとえば空は実物より鮮やかな空らしい色で、肌色はより健康的な肌色らしい色で表示されることになる。人は空の色とか肌の色を記憶しているが、オリジナルの色と記憶の色とは必ずしも一致しない。たいてい記憶の中の色のほうが鮮やかだったりする。そこで、記憶されている色に近い色を表示することで、見た人にきれいな空の色だとかきれいな肌色だ、と感じさせるのが「好ましい色再現」の目指すところといえる。

「対応する色再現」は、テレビに放送の規格どおりの色域とガンマ特性を持たせることで実現できる。というか、そのために規格が決められているのだと思う。規格で決まっているから、どんなテレビで見ても正しい色が表示できるようになっている。つまり、規格どおりならどんなテレビでも正しい色=映像の製作者が意図した色で表示することができ、「対応する色再現」が実現できる。
実際にはテレビの設置環境によっては照明光の影響などで色の見え方が違ってしまったりするので、厳密に正しい色かどうかは分からない。なので、映画などを見るときに正しい色にこだわるならば、部屋の照明を落としてなるべく暗い部屋で見たほうが良い、のだろうと思う。

「好ましい色再現」の方は、映像を全体的に色が鮮やかになる方向に補正したり、凝ったものでは映像の中で特定の色の領域を抽出してそこだけ色相や彩度を補正する、という方法で実現される。具体的にどんな風に補正を行うかは各メーカーの考え方次第で違ってくるが、オリジナルよりも色を鮮やかにする場合が多いと思う。こうしてテレビの「画作り」として映像に味付けするのは、「好ましい色再現」の実現を目指しているものと考えられる。こうすることで、画質で他社との差別化をはかっている。


以上のような考え方にもとづくと、「色再現性が良い」というのは2通りの意味があることになる。ひとつはオリジナルの色により忠実な色を再現すること。もうひとつは見た目によりきれいだと感じる色を再現すること、になる。

推測だけれども、どのメーカーのテレビもこの2つの方向性を映像モードによって使い分けていると思う。「ダイナミック」系のモードでは見た目のきれいさや鮮やかさを重視して「好ましい色再現」を目指している。一方「シネマ」系のモードでは、オリジナルに忠実な色を表示して映像製作者の意図通りにすることを目指していると考えられる。「スタンダード」系のモードはその中間といった感じ。そうしてユーザーに好きなものを選んでもらうようになっている。


「色再現性が向上」とはどういう意味か

「色再現性が向上」という謳い文句は、テレビやモニタの「色再現範囲(=色域)が広い」ということを指して言われている。キャッチコピーでは「より多くの色を本物に近い色で再現」などと言われている。これは従来よりも色域が広いことで、従来表示できなかった鮮やかな色も表示できるようになった、ということ。従来は色域の範囲外で表示できなかった色でも表示できるようになるので、「対応する色再現」で対応できる色が増えたことになる。
ただ、その広い色域を正しく使うには、その色域にあわせた映像信号を入力しないといけない。現在のテレビ放送やDVDなどの映像は従来の色域のテレビで見るように作られているので、広色域のテレビでは正しい色にならない。現状で広色域を生かせる映像ソースはx.v.color対応のビデオカメラで自分で撮った映像くらい。つまり、広色域のテレビで「対応する色再現」を目指した「色再現性の向上」を実現するためには、x.v.color対応のビデオカメラなどの機器を持ってないと意味がないことになる。
一方、広色域を活かして「好ましい色再現」の向上を目指すこともできる。従来の色域用に作られた映像を色補正して、より鮮やかな色で表示すればいい。ただ、不自然さが出ないよう、なおかつ従来よりも鮮やかできれいになるように色を補正するのはそんなに簡単ではないだろう。色の感じ方は主観で決まるものなので、万人がきれいだと思う色を作るのはなかなか難しい。好ましい色とはどういうものか、という問題を考えなければならない。


まとめ

「色再現性の向上」は色域=色再現範囲が従来よりも広い事を指して言われている。
ただし、広色域技術を使って色再現性を向上させるというのは、単に色再現範囲の広いパネルを使いさえすればいいというものではない。「対応する色再現」を目指して、広色域でオリジナルに忠実な色再現を行うためにはそれに見合った広色域な映像信号を用意する必要がある。または従来の色域の映像に補正をかけて広色域な映像信号に近づける技術が必要になる。「好ましい色再現」をめざして、見た目のきれいさを重視した色再現のためには、違和感なく色補正を行ってよりきれいな色再現を行う映像処理技術やノウハウなどが必要になる。広色域のパネルを使いこなして色再現性を向上させるにはこういったハードルがあるわけで、そんなに簡単なものではないのである。
現在のところ広色域に対応した映像信号はx.v.color対応のビデオカメラで撮ったものくらいしかないが、今後はもっと増えるかもしれない。テレビ放送の映像はなかなか変わらないかもしれないが、次世代DVDに収録される映画などがx.v.colorに対応するかもしれないし、PS3のゲームなどが対応するかもしれない。そうなったときに広色域のディスプレイの価値ももっと高まってくる、と思う。



読んだことはないけれど、テレビの色再現に関係ありそうな本。いつか読んでおきたい。

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