テレビの色温度の標準について

イマドキのテレビ、広色域技術の秘密 (1/3) - ITmedia NEWS
広色域のテレビに関する記事。この中でテレビの色温度についての話がある。日本のテレビの色温度は放送の基準として決められている6500Kではなく、9300Kが基準になっているとの事。放送用マスターモニタも9300Kがデフォルトになっているとは意外。放送局では放送基準のとおりになっているのかと思っていたが、そうではないらしい。
なぜそうなっているのか記事中でいくつかの説が説明されているが、気になったので自分でも調べてみた。


色温度の標準の根拠

色温度が変わると白の色味が変わり、白が変化することによって結果的に全体的な色の傾向が変わる。そのため色温度を考えるときは白の色味が基準になる。そこで「白さ」について色彩科学ハンドブックで調べてみたところ、物体色やテレビ表示の白さの感覚に関する記述があった。
まず、そもそもなぜ色温度6500Kが白の基準になっているのか? 上記の記事で説明されているように、6500Kの白は自然昼光にもっとも近いため。色温度6500Kというのはもともと測色用の標準の光として定められた光の色温度らしい。実際にアメリカ、イギリス、カナダで、昼光の分光測定から色度を計算して求めたものだそうだ。また別の実験で、物体色の場合6500Kくらいの色温度がもっとも白く感じるという結果もあるそうだ。そういうわけで、放送の白の標準として6500Kが選ばれているのだと思われる。
では、日本の場合はなぜ6500Kじゃないのか? 1975年に、テレビの表示する白についてどの色温度の白がもっとも好ましいかを調べる実験が行われている。これは、暗室でテレビを全面白表示にし、被験者に好みの白になるように調整してもらうというもの。実験を行ったのが日本人なので、被験者もおそらく日本人ではなかろうか。この実験の結果、好みの白は平均すると色温度9000Kの白という結果になったそうだ。また、市販の蛍光灯を照明にした場合は、照明光の色温度+3000〜4000Kの色温度が好まれるという結果が出たとの事。蛍光灯の色温度は昼白色で5000K、昼光色で6500Kなので、+3000〜4000Kだとだいたい8000〜10000Kくらいになる。さらに別の人の実験では、画面の輝度が高いほど好ましい白の色温度が高くなるという結果が出ている。画面輝度100cd/m2のときは7000Kで、450cd/m2では9000Kになったとの事。これらの結果を見ると、日本のテレビの色温度が9300Kになっているのにはそれなりに根拠があるといえる。日本人の好きな白は色温度9300Kくらいだ、ということだろう。
つまり、テレビを開発した技術者が色温度を調整する際に「多くの人が好ましいと思う白」を目指して調整していった結果、9300Kに落ち着いたのではなかろうか。上記の実験結果を参考にして調整したのかどうかは分からないが、白としての好ましさを追求したら自然とこの色温度になった、のかもしれない。


日本のテレビの色温度が国際基準より高い理由

テレビで表示する白をどんな白さにするかを考えたときに、自然界のいちばん白い被写体の色をテレビの白にしよう、というのは自然な考え。白い被写体とはすべての波長の光を均等に反射する物体なので、光源の色がそのまま白の色になる。光源の色として6500Kの光源が測色用に定められていたのなら、テレビの白の色温度としても6500Kが選ばれるのがいちばん自然だと思う。だから国際標準では色温度は6500Kとされた。
ところが、日本人がその色をテレビに映して見てみると、白というにはなんだか黄色っぽいと感じる。だったら、より白く見えるように表示を調整したほうがいいのでは?ということで、テレビメーカーがより好ましい白を追求していった結果、日本のテレビの色温度が9300Kになった、ということではなかろうか。現実の被写体の白さに基づいて表示の白を決めるという考え方と、テレビ単体の表示を見て白を決めるという考え方の違いともとれるかもしれない。
ともかく、6500Kのテレビと9300Kのテレビが並んでいたときに、9300Kの方がきれいだ、となれば自然に9300Kのテレビの方が好まれるようになるだろうから、色温度は9300Kに落ち着いていくだろう。また、映像の製作者側にしても、自分が白だと思う色と、モニタが白だといって表示する色とが違ったら気持ち悪いのではないだろうか。ようは日本人の好みに合わせたら9300Kになった、ということだと思う。
家庭用テレビの「ダイナミックモード」の色温度が12000Kなのは、おそらく「店頭での見栄え」を追求した結果と思われる。液晶テレビの場合ダイナミックモードはだいたい500cd/m2くらいの輝度がある。販売店の店頭が明るいため、画面の輝度が高い方が低いのと比べて見栄えが良くきれいに見えるため、そういう高い輝度になっている。輝度が高いほど色温度の高い白が好まれるのならば、テレビの輝度が上がるにつれて色温度もだんだん上がっていくのも分かるような気がする。店頭での「輝く白さ」を追い求めていったら12000Kになったのだろう。
結局、先の記事中にあるように「蛍光灯は電球と違って色温度が高いので、9300Kを白としたほうが馴染みやすい」というのと、色温度が9300Kくらいの方がより白く感じる人が多い、というのが日本のテレビの色温度が高い理由だろうと思う。



「本当の白」と「好ましい白」

色温度6500Kの光は「標準の光」と言われており、測色用の標準の光として決められている。白い物体とはすべての波長の光を均等に反射するものなので、白色=照明の色となる。つまり色温度6500Kの白というのは、物理的に定義された「白色」だと考えられる。これをそのままテレビの白にしよう、というのが国際標準の色温度なのだと思う。
一方、色温度9300Kの白は、見る人の好みによって決められた「白色」と考えられる。実際に昼光の下で見た白いものは6500Kの色温度のはずだが、テレビに表示される白色は6500Kでは白く見えないということになる。つまり、物理量としての「白」と、人の感じる「白さ」とが異なっているということ。色は物理量ではあるが、それをどう感じるかは人間の感覚による心理量で、条件が変われば同じ「白」でも違う色に感じてしまう。
結局、物理量としての白の正確さと、人の白さの感じ方とのどちらを優先したのか?が国際標準と日本との色温度の違いになっているのだと思われる。
色彩科学ハンドブックによると、こういう見る人の好みに合わせた色再現は「好ましい色再現」と呼ばれ、色再現の分類のひとつになっているらしい。被写体の色をそのまま再現するのではなく、見た人が好ましいと思う色で再現してみせる方法で、これも記憶色の考え方なのだと思う。つまり、国際標準と違っていても、その方が好ましくきれいに見えるというならばそれはそれで「あり」ということなのだろう。



まとめ

以上、日本のテレビの色温度が国際標準より高くなっている理由を調べて勝手に想像してみた。ただの推測に過ぎないけれど、「日本人の好みに合わせることを優先した」のが理由だと思う。どうしてそうなったかはともかく、もっとも好ましい白に合わせられているのだろうという事は分かった。
ところでこの色温度は先の記事中にもあるように慣習で決まっているだけで、明文化された規定があるわけではないらしい。誰も規定してないのに勝手にそうなったというのが自然淘汰っぽくて興味深い。実は知られてないだけで誰かが「こうしろ!」と言ったのかもしれないけれど。



参考文献

新編色彩科学ハンドブック
日本色彩学会
東京大学出版会 (1998/06)
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色に関することがほぼ全て網羅されていると思える本。ハンドブックといっても厚さは辞書みたい。色の数値化や知覚、混色といった色に関する基礎から、カラーテレビ、印刷、カラーマネジメントなどの色の応用まで幅広く解説されている。